はむ吉(のんびり)の練習ノート

プログラミングとことばに関する話題を中心に,思いついたこと,試してみたこと,学んだことを,覚え書きを兼ねてまとめます.その際に役立った,技術書,参考書,辞書,機器などの紹介も行います.

糊にペン,薬でさえも風邪を引く:「〈物品が〉風邪を引く」という表現に関する簡易調査

「空気や湿気にさらされたせいで,物品が劣化・変質してしまう」ことを指して,「〈物品が〉風邪を引く」と表現することがあります.私はこれが普通に通用するものだと思っていましたが,インターネットで少し調べた限りでは,必ずしもそうではないことが分かりました.私は言語学統計学に関しては門外漢なのですが,このような表現がどれほど使われているかを,興味本位で簡単に調査しました.

更新履歴

  • 2021 年 5 月 21 日:「予備調査」に小型国語辞典『デイリーコンサイス国語辞典』第 6 版を引いた結果を追記.『岩波国語辞典』『旺文社国語辞典』『現代国語例解辞典』『新明解国語辞典』『明鏡国語辞典』に関する記述を最新版のものに更新.
  • 2019 年 10 月 5 日:「予備調査」に小型国語辞典『学研現代新国語辞典』改訂第六版,『講談社国語辞典』第三版,『新解国語辞典』第二版を引いた結果を追記.
  • 2019 年 3 月 29 日:「予備調査」に小型国語辞典『小学館日本語新辞典』を引いた結果と,方言辞典『日本方言大辞典』,『全国方言辞典』を引いた結果を追記.
  • 2019 年 1 月 30 日:「予備調査」に小型国語辞典『新選国語辞典』第八版を引いた結果を追記.
  • 2019 年 1 月 24 日:「予備調査」に小型国語辞典『角川国語辞典』新版を引いた結果を追記.
  • 2019 年 1 月 20 日:「予備調査」に追記.小型国語辞典『角川必携国語辞典』および中型国語辞典を引いた結果を記載.
  • 2019 年 1 月 5 日:公開.

予備調査:各種国語辞典による

アンケートを行う前に,この言い回しがいつからあるか,そして現代においてどれほど通用しているかを概括的に捉えるために,各種国語辞典を引いてみました.

大型国語辞典:いつごろから「〈物品が〉風邪を引く」と言われているか

あることばの初出(に近い)例を探すのには,大型国語辞典が役立ちます.ここでは,電子辞書 Ex-word XD-GP6900 に搭載されている『精選版日本国語大辞典』にあたりました*1.すると,「かぜをひく」の項目に,以下のような記述を見つけました.

膏薬(こうやく)、墨、蝋燭、茶、薬などが古くなって湿り、あるいは乾燥して役に立たなくなる。また、一般に、鮮度が落ちる。
*体源鈔(1512)三本「蝋なども風のひかざるを可ㇾ択」

どうやら,この言い回しは室町期にまでさかのぼることが分かりました.また,物品としては,墨や蝋燭のような口にしないものだけではなく,茶や薬のような口にするものもとれるという情報も得られました.しかし,この表現がいまでも通用しているかは,別問題です.

小型国語辞典:いまでも「〈物品が〉風邪を引く」は使われているか

そこで,手元にある紙の小型国語辞典を片っ端から引き,この表現が扱われているかを見てみることにしました.各国語辞典によって編集方針は異なるため一概にはいえませんが,現代においてこの表現がどれほど一般に普及しているかを推し量る手だてにはなるはずです.

「〈物品が〉風邪を引く」を掲載している小型国語辞典は,次の通りでした.

  • 『岩波国語辞典』第八版:「かぜ」の項に,「『―を引く』」との記述とともに,「古くなったり湿ったりして、品質が落ちる」との語釈がある.「茶が―を引く」「このフィルム、―を引いてるぞ」との用例を付す.
  • 講談社国語辞典』第三版:「かぜを引く」に,「薬・茶・食品・ばんそうこう・ゴムなどが、古くなってきかなくなったり、風味がなくなったりする」との語釈がある.用例はない.
  • 三省堂国語辞典』第七版:「かぜを引く」に,「空気や湿気にふれて〈変質する/使えなくなる〉」との語釈がある.「粉が―」「お茶が―」との用例を付す.
  • 集英社国語辞典』第三版:「かぜを引く」に,「茶・粉薬などが、長く外気に触れるなどして、変質する」との語釈がある.用例はない.
  • 『新選国語辞典』第八版:「かぜを引く」に,「薬品などが空気にふれて変質する」との語釈がある.用例はない.
  • 新明解国語辞典』第八版:「かぜ」に,「―を引いた〔=漬けてから時間がたち過ぎて、うま味がほとんど無くなった〕たくあん」との用例を付す.
  • 『デイリーコンサイス国語辞典』第 6 版:「かぜ(風邪)を引く」に,「〔俗〕薬や香辛料が古くなって効能がなくなる」との語釈がある.用例はない.

一方で,この言い回しを載せない小型国語辞典も多く,私の調べた限りでは,『旺文社国語辞典』第十一版,『学研現代新国語辞典』改訂第六版,『角川国語辞典』新版,『角川新国語辞典』,『角川必携国語辞典』,『現代国語例解辞典』第五版,『三省堂現代新国語辞典』第六版,『小学館日本語新辞典』,『新解国語辞典』第二版,『新潮現代国語辞典』第二版,『精選国語辞典』新訂版,『福武国語辞典』新デザイン版,『明鏡国語辞典』第三版にはそれらしい記述が見当たりませんでした.

中型国語辞典

ついでに,いくつかの中型国語辞典についても見てみました.記載があったのは以下の辞書です.

  • デジタル大辞泉』(コトバンク):「風邪を引・く」に,「薬や食品などが、空気や湿気に触れて変質する」「鮮度が落ちる」との語釈がある.「湿布薬が―・く」「海苔が―・く」との用例を付す.
  • 大辞林』第三版(同上):「かぜをひく」に,「空気・湿気にふれて変質する」との語釈がある.江戸時代初期の『日葡辞書』から「チャガカゼヒク」という用例を引いている.
  • 講談社カラー版日本語大辞典』第二版(紙辞書):「風邪を引く」に,「ばんそうこう・ゴムなどの効力がなくなる」との語釈がある.用例はなし.

一方で,『広辞苑』第七版(紙辞書)には記載がありませんでした.

方言辞典

また,この表現がある種の方言である可能性も考慮して,各種方言辞典でも調べてみました.『日本方言大辞典』(JapanKnowledge) には「かぜを引く」の項があり,以下の語釈がありました.

  • 「食品の味が、寒風のために変わる」:島根県に使用例があるとの記述を付す.
  • 「みそや大根下ろしなどの味が、風化して落ちる」富山県岡山県に使用例があるとの記述を付す.
  • 「風化する。気が抜ける。役に立たなくなる」:宮城県大阪府奈良県に使用例があるとの記述を付す.上述の『精選版日本国語大辞典』にもあった,『体源鈔』からの引用も文献例として示す.

一方で,東條操編『全国方言辞典』(紙辞書)には,関連する記述は見当たりませんでした.

予備調査のまとめ

これらの結果から推測するに,現代語としてこの言い回しが通用しているかは五分五分,もしかしたら通用しないほうが優勢といったところでしょうか.方言の可能性もありますが,西日本を中心に,かなり広範囲に分布しているようです.また,前節で述べたもののほかに,粉,漬物,フィルムなども対象にとれることがわかりました.私の周りでは,このほかに粘着テープ,糊やペンも主語にすることがありますが,これもおそらく許容範囲内でしょう.

方法

上記の予備検討を経て,以下のように,回答者を特定できない形で,インターネットを用いた簡易のアンケートを行いました.主にコッソリアンケートを利用しましたが,補足的に Twitter における投票機能を用いた調査も行いました.アンケートの回答や周知にご協力いただき,ありがとうございました.

コッソリアンケート

未来検索ブラジルが運営するアンケート実施・回答サイトコッソリアンケートにおいてアンケート(結果発表 - 薬が風邪を引く? - コッソリアンケートβ)を 2019 年 1 月 2 日 22 時 38 分から 同 3 日 12 時 35 分まで行い,同サイトを利用する 442 名から有効な回答を得ました.

実際の質問文および選択肢は当該ページに記載されていますが,ここでも概略を記します.以下のように,「〈物品が〉風邪を引く」という表現の代表的使用例とともに,当該表現を使用したか,そうでなくても見聞きしたことはあるかについて尋ねました.

あなたは、以下の例のように「物品が長い間空気や湿気にさらされたせいで、劣化したり変質したりしてしまう」という意味で、「~が風邪を引く」と表現した(言ったり書いたり投稿したり)ことはありますか。あるいは、このような表現を見たり聞いたりしたことはありますか。

  • 例1:粘着テープが風邪を引く(粘着力がなくなってしまった場合など)
  • 例2:ボールペンが風邪を引く(キャップを締め忘れて、インクが乾いて書けなくなってしまった場合など)
  • 例3:粉薬が風邪を引く(湿気を吸ってしまい、服用に適さなくなってしまった場合など)
  • 例4:茶葉が風邪を引く(風味がなくなってしまった場合など)

※上にあげた例の中で、今までに表現/見聞きされたものに似ているものが「ひとつでも」あれば、そのように回答してください

そして,以下の選択肢を設定しました*2

  1. 表現したことがある
  2. 表現したことはないが,見聞きしたことはある
  3. 表現したことも,見聞きしたことはない

Twitter における投票

2019 年 1 月 2 日 21 時 45 分より 3 日間の設定で,Twitter における投票機能によっても,アンケートを行いました.合計 18 の回答を得ました*3

結果とコメント

コッソリアンケートの結果について

はじめに,コッソリアンケートにおける調査の結果を述べ,それに対するコメントを行います.

図 1 は,上記アンケートの集計結果です.自分で表現したことがあるというケースを含め,「〈物品が〉風邪を引く」という言い回しを耳にしたことがある人が 42% であるのに対し,見聞きしたこともない人が 58 % という結果であり,両者がほぼ拮抗しているといえます.上で述べた,この表現が通用しているかは五分五分であろうという感覚は,概ね妥当でしょう.

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図 1:「〈物品が〉風邪を引く」という表現に対するなじみの度合い.

さらなる検討のため,生まれた年代,あるいは出身/居住地別でも解析を行いました.図 2 は,アンケート結果を回答者が生まれた年別に見たものです.利用したサービスの性質上*4,年齢があまりに高い,あるいは低い回答者の数は少なく,統計上の問題があります.ただ,年配の方ほどこの表現になじみがあるという傾向はうかがえます.私の周りでも,この表現を多用するのは年配者が主であるため,この傾向は納得できます.

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図 2:「〈物品が〉風邪を引く」という表現に対する,生まれた年別のなじみの度合い.

また,図 3 および 図 4 は,出身あるいは居住地方別に見たものです.図 3 は,関東・中部・近畿地方の出身者の間で,「〈物品が〉風邪を引く」という表現を表現したり見聞きしたりした方が少ないのに対し,東北以北や中四国以西では多いということを示しています.これだけから即断すべきではないのかもしれませんが,wikipedia:方言周圏論に通じるものを感じます.一方で,図 4 の居住地方別でも同様の傾向はみられるものの,図 3 ほど顕著ではありません.他地域の出身だが,そこから三大都市圏に移り住んだという人が相当数にのぼり,そのため出身地方別でみられた差が居住地方別では薄まってしまったということが考えられます.

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図 3:「〈物品が〉風邪を引く」という表現に対する,出身地方別のなじみの度合い.

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図 4:「〈物品が〉風邪を引く」という表現に対する,居住地方別のなじみの度合い.

また,このアンケートに付属の掲示板に,回答者の方々から寄せられたコメントからも,有益な情報を得ました.やはり年配あるいは高齢の方々による使用例が多いようで,明治生まれの方がゴムの劣化を指して,あるいは職場の年長者が接着剤や塗料を指して言うとのコメントがありました.また,対象としては,これらに加えてセメントなどの非食品の例が挙げられている一方で,芋やバナナなどの食品にしか使わないという意見もありました.もちろん,こんな表現は見聞きした覚えもないというコメントも見られました.

Twitter における投票の結果について

Twitter による投票の結果についても,大勢が判明したため記しておきます.回答者のほぼ全てが,「〈物品が〉風邪を引く」という表現をしたこともないし,それを見聞きしたこともないという結果を得ました.このような極端な結果が得られたのは,回答者の偏りが大きいためであると考えられます.Twitter 上で私をフォローしてくださっている方々の多くは,コンピュータやプログラミング,特に競技プログラミングを主たる関心の対象とされています.私が観察した限りでは,この分野の方々の多くは,関東地方の在住または出身で,10 代~30 代あたりであるように見受けられます.実際に,Twitter アナリティクスによると,年代については不明ですが,私のフォロワーの多く (43%) は関東地方に居住されています.先述のコッソリアンケートの結果からは,関東地方,あるいは若年層では「〈物品が〉風邪を引く」という表現へのなじみがあまりないことがうかがえますが,Twitter では上記の特性から,この傾向がさらに明瞭になったと推測されます.

まとめと展望

今回は,「〈物品が〉風邪を引く」という言い回しについて,簡単ではあるものの調査を行いました.これにより,以下の結論を得ることができました.

  • 「〈物品が〉風邪を引く」という言い回しは室町期からみられる.現代でも使用されているものの,一般に広く普及しているとまでは言い難い.
  • 物品としては,口にしないもの(接着剤,糊,塗料,セメント,ゴムなど)のほかに,口にするもの(芋,バナナなど)もとれる.ただし,どの種の物品を許容するかについては個人差があり,さらなる検討および調査が必要である.
  • 若年者よりも年長者のほうが,「〈物品が〉風邪を引く」という表現になじみがあるという傾向がある.
  • 関東・中部・関西地方出身者よりも,他地方出身者のほうが,「〈物品が〉風邪を引く」という表現になじみがあるという傾向がある.

一方で,今回の調査には以下のような問題があることには,留意すべきです.

  • 調査対象の人数が 400 名程度と少ない.統計上の問題を避けるには,コスト面において許される範囲で,より対象人数を増やして同様の調査を行うべきかもしれない.
  • 調査対象がインターネット利用者であるため,年代等の偏りが大きい.ただし,それ以外の手段(手紙や電話など)で調査を行うには,相当のコストが必要となる.

最後になりますが,私のちょっとした思いつきで始めた調査でありながら,このようにご協力いただき,ありがとうございました.

関連しそうな記事

今回用いた小型国語辞典の一部については,以下の記事で簡単に特徴を紹介しています.また,国語辞典などの辞書を蒐集するようになったきっかけについても,簡単に述べています.

hamukichi.hatenablog.jp

また,ことばとはあまり関係がありませんが,私は過去にも,コッソリアンケートを利用して.オンラインストレージの自動同期機能についての調査を行いました.あれから数年がたちますが,今行うと少しは状況が変わるかもしれません.

blog.livedoor.jp

*1:最近では,コトバンク [ 時事問題、ニュースもわかるネット百科事典 ]でも同辞書を利用できます.

*2:実際には,これらの選択肢に加えて「モリタポ」という選択肢を加えています.今回したサービスでは,アンケートを回答することによりモリタポというポイントを入手できる仕組みになっています.ポイントだけの獲得が目的で,アンケートには関心が全くないという人々のために,「モリタポ」に類する選択肢を加えることが,当該サービスではよくあります.今回も,それに倣いました.なお,ここでは「モリタポ」を無回答とみなし,解析から除外しています.

*3:2019 年 1 月 5 日 20 時現在.

*4:十年ほど前には,モリタポを利用した p2 というサービスを用いて,2ちゃんねる(現:5ちゃんねる)における書き込み規制を回避することがよく行われていました.コッソリアンケートは,そのためにモリタポを得るための,重要な手段の一つとなっていました.このような目的でコッソリアンケートに登録した人は相当数にのぼると考えられます.2ちゃんねるをよく利用する年代がある程度偏っていることを考えると,今回の調査でも年代の偏りが予想されます.