はむ吉(のんびり)の練習ノート

プログラミングとことばに関する話題を中心に,思いついたこと,試してみたこと,学んだことを,覚え書きを兼ねてまとめます.その際に役立った,技術書,参考書,辞書,機器などの紹介も行います.

旺文社国語辞典:私にとって初めての一般向け小型国語辞典

私が初めて手にした,一般向け小型国語辞典は『旺文社国語辞典』だった.この辞書に関する思い出を書こうと,ふと思い立ったため,さっそく実行に移すことにした.

出会い

私が『旺文社国語辞典』をはじめて手にしたのは,小学四年生か五年生の春のことだったと記憶している.そのころは,中学受験に向けて,学習塾に通っていた.その国語の初回授業で,一般向け国語辞典の購入が求められたのである.なぜ児童・学生向けではなく,一般向けのものが必要かについて,何らかの説明があったはずだが,忘れてしまった.ただ,少なくとも,一般向けを買ったことが,奏功したのは確かである.

特に希望がなければと,推奨されたのは『旺文社国語辞典』だった.授業が終わり,さっそく近くの中~大型書店に立ち寄り,買ってもらった.当時の最新版は第九版だった.現在のように小型版はなかったので,A5 版のものを買った.箱は白色を基調としており,紙吹雪のような色とりどりの模様があしらわれていたのを覚えている.

件の講師は,「辞書を箱に入れていては引かなくなりがちなので,私は辞書を買うと,箱をびりびりに破り捨ててしまう」ということを言っていた気がする.いくら私でも,買ったばかりの辞書をそうすることはためらわれたので,実行しなかった.ただ,幼い時から私は説明書の類が好きであり,辞書もそこそこすすんで引いた.また,国語の授業では毎回辞書が必要だったので,その日は欠かさずリュックサックに入れて持ち歩いていた.今でこそ辞書を当たり前のように何冊も取り扱っているが,当時の私には相当重かったはずだ.辞書の箱が機能しなくなるまでには,そう時間はかからなかったはずだ.

ただ,当時の私が一般向け小型国語辞典の位置づけを理解していたかというと,そんなはずはない.それが分かる一例を挙げよう.塾の課題として,問題文中に出てきた不明な単語を拾い上げ,それを国語辞典で調べ,所定の欄に語釈を書き写すというものがあった.その一環として,ある日「概念」という語の意味を調べることにした.小型国語辞典である『旺文社国語辞典』第九版を当然使うべき場面だった.しかし,何を思ったのか,私は不精して,電子辞書にあった中型国語辞典『広辞苑』第五版「概念」の,それも哲学用語としての第一義を,書き写したのである.語釈は相当長かったはずだが,狭い欄に疑いもせず書き写したのを覚えている.

再会

中学校進学後も,すすんで辞書を引く習慣は続いた.折に触れて,電子辞書も買い替えてもらった.しかし,もちろん今のような凝りようではなかったし,どちらかというと古語辞典や,英語や独語などの外国語がらみの辞典が主で,国語辞典を使う機会はそう多くはなかった.

転機が訪れたのは,古書店や古本屋に立ち寄る習慣が定着してから,しばらくしたころのことである.ある冬の日,洛北のとある古本屋に立ち寄ったものの,残念ながら私に合う本はほとんどなかった.ところが,何も買わずに立ち去るのも気が引けた.そこで,どうにかして適当な一冊を買う必要があった.そこで目に留まったのが,『旺文社国語辞典』第十版の小型版であった.正直なところ,買ってどうなるのだろうという気もした.だが,辞書への関心が高まり始めていたこともあり,結局は買って帰ったのである.これが,その後十数冊もの小型国語辞典を買い集めるきっかけになるとは,そのときは知るよしもなかった.

現在,そして

今手元にあるのは,最新版の『旺文社国語辞典』第十一版の小型版である(同じ内容の通常版もある).いろいろと「個性的」なほかの辞書とも付き合っていて,この辞書はなんだか地味だと思ったこともあるが,今ではそれが誤りだったとわかっている.すぐに思いつくだけでも,この辞書の記載内容には以下のような特長がある.

  • 簡潔な語釈
  • 重要語に対する中心義の提示
  • 類語およびその使い分けの提示
  • 和歌や俳句の項目
  • 語源,意味の変遷,故事成語の由来などの,語誌についての記述
  • いわゆる百科項目(専門語,人名など)も掲載

むやみに面白がられたり,話の種になったりする,灰汁の強さのようなものは,この辞書は持ち合わせていないかもしれない.むしろ,このような手堅さが,何度も版を重ね,小型書店でもよく見かけるほど,定評を得ているのだろう.私も,この辞書を末永く座右に置きたいと思う.