はむ吉(のんびり)の練習ノート

主に(競技)プログラミングや言葉について,思いついたことや,試してみたこと,学んだことを,覚え書きを兼ねてまとめます.その際に参考になった,書籍などの紹介も行います.

「九十九」仞の功を一簣に虧く:読書ラリーの思い出

一つの故事成語が,幼いころの少し苦い思い出を呼び起こした.


暇さえあれば,端末を手に取り,Twitter のタイムラインを眺める.文章の奔流の中に,時々,興味深い画像や動画が現れ,目を楽しませることもある.その中のある漫画で,「九仞の功を一簣に虧く」という故事成語が使われているのが目に留まった.その意味は,「コトバンク」収録の各種国語辞典によれば,だいたい「長い間努力を積み重ねても,最後のちょっとした失敗や手違いで,だめになってしまう」というところのようだ.いつもなら,「なるほどなあ」と思いながらここで終わるところだった.しかし,この故事成語を受けて,ある昔の記憶がよみがえったのだった*1

小学校中・高学年のころに通っていた学習塾では,「読書ラリー」というものが開催されていた.細則は忘れたが,推奨される一覧の中から,月に 5 冊本を読み,それぞれに対して数行程度の感想文を記すことを 20 カ月続けることで,2 年足らずの間に 100 冊の本に接するというものだった*2.私も,しばらくの間はまじめに参加していた.当初は毎月新刊書店に立ち寄っていた*3が,一冊一冊は小さくとも,費やす金額や本棚の空間がばかにならなくなってきたので,やがて公共図書館から本を借りるようになった*4

ある月も,それまでと同様に,一覧の中から本を 5 冊選び出し,公共図書館から借り出した.ところが,4 冊目までは順調に進んだものの,5 冊目を読み始めて,どうもこれ以上読みたくないし,感想文を書けそうにもないという事態に陥った.その本のタイトルは今でも覚えているが,ここでは記さない.具体的な書名をあげて,これは読むのをやめましたと言うのも,なんだかなあと思う本だからだ.どちらかというと,内容がおもしろくなかったからというよりも,本の破れや汚れなどがそこそこひどく,虫の干からびたようなものまで挟まっている始末で,あまり触っていたくなかったから,読書を断念したのだろう.また,そのころは,感想文などはアンチョコに書いてある公式にあてはめて,それっぽく書くものだという誤解をしていたため,あまり筆が進まないという事情もあった.結局,所定の用紙には 4 冊分の感想だけを記して提出した.後日,4/5 と赤字で大書されたものが返却された.その前も,その後も,この回のように 5 冊全部について取り組まないということはなかったので,私の「最終成績」は結局 99/100 となった.

そして,「読書ラリー」の期間が終わると,完走者に対する表彰が行われた.もちろん,「99/100」の者は,それ以下のものと同様,完走者とはみなされない.これについては,先述の「4/5」のときにはうすうす知っていたはずだが,どうせろくなものはもらえないだろうと,問題にしていなかったのだろう.「酸っぱい葡萄」の心理なのかもしれないが,実際の記念品もそうだった気がする.また,読書好きな生徒は決して多くなく,完走者は教室の半分に満たなかったように記憶している.だから,完走できなかったからといって,さしたる問題はなかったはずである.ただ,表彰式の様子と,朱筆された 4/5 は,今に至るまで印象に残っている.

こんなうじうじ*5とした思いを抱えるのならば,ミミズののたくったような字で,わけのわからないことを書いてでも,「100/100」という体裁を整えて,無邪気に表彰を受ければよかったのだ.いくら “Done is better than perfect.” と言ったって*6,100 点 と 99 点の間に雲泥の差があることだってあるのだ.もっと言えば,今回の場合なら,「99/100」は「不合格」なのだ.ちょっと頑張れば,完璧な「100/100」にできるのであれば,四の五の言わずにそうすべきなのだ.

いつごろからかはわからないが,今は,このころとは違い,石橋をたたいて叩き割りかねないような性格の持ち主で,むしろ「巧遅拙速」を念頭に置いて行動すべきだと考えているぐらいである.ただ,三つ子の魂百までなのか,なんだか大ポカ*7をやりそうになり,ひやりとすることもときどきある.なかなかバランスが難しいが,とりあえずは心身を健康に保ち,一定の思考力を保つようにしたいものである.

*1:少し意味はずれるかもしれないが.

*2:もう少しペースが速かったかもしれない.

*3:実家の書棚には,いまもそれらの本が並んでいるはずだ.書店でもらった紙製のカバーをかぶせたままのものも少なくない.

*4:当時は,今ほど図書館への思い入れはなかった.

*5:別に,茶所とかけているわけではない.

*6:安易に引き合いに出してしまったが,もしかするとこの句の意味を誤解しているかもしれない.

*7:私はこれを,なぜか「猫を飛ばす」と呼んでいる.ミスの度合いがひどければ,「豚を飛ばす」になる.